執筆者
澤田久美子 先生
言語聴覚士
北里大学 医療衛生学部 リハビリテーション学科 言語聴覚療法学専攻
耳鼻咽喉科ののはなクリニック
横浜市立大学医学部付属市民総合医療センター 耳鼻咽喉科
東京慈恵会医科大学付属病院 耳鼻咽喉科
東京慈恵会医科大学付属第三病院 耳鼻咽喉科
飛行機に搭乗した時のような急激な気圧変化が生じた時やトンネルの中に入った時、静かな部屋に入った時などに誰もが一度は「耳鳴り」を経験したことがあると思います。
厚生労働省が行った平成25年版の国民生活基礎調査によると、日本では人口のおよそ3%、約350万人もの方が耳鳴りを感じています。なかでも、特に高齢者の割合が高い傾向にあります。
一時的な耳鳴りは誰でも起こりうることなので心配する必要はありません。しかし、何日も続く場合や耳鳴りが日常生活に支障をきたしている場合は注意が必要です。
耳鳴りとは
実際には鳴っていない音が鳴っているように聞こえる現象のことを耳鳴りといいます。
耳鳴りの音の種類と強度は人によって異なり、高い音、太い音、低い音、または変化する音色の場合もあります。
耳鳴りのタイプ
耳鳴りには以下の3つのタイプがあります。
①自覚的耳鳴(じかくてきじめい)
最も一般的なタイプの耳鳴りで、本人だけが聞こえるものです。「シャー」とか「ザー」とか訴える方もいますが、「キーン」という耳鳴りが多いと言われています。
一過性のものであれば心配ありませんが、聴覚系に障害のある場合は典型的な副作用として現れます。
これは、脳内における音の処理に影響する部分の異常反応によって起こるとされています。
大きな騒音によって引き起こされることもしばしばあります。
②体性耳鳴(たいせいじめい)
身体的な動きや接触に関する耳鳴りの一種です。
耳や頸部の筋縮または他の機械的な原因によって発生する可能性があります。枕や顕微鏡を見る動作による首の捻りは体性耳鳴の原因となります。
親知らずのような歯の問題もこのタイプの耳鳴りを引き起こす可能性があります。
③他覚的耳鳴(たかくてきじめい)
これは稀なタイプの耳鳴りの一つで、通常は聴診器を用いて観察者が聴くことができる唯一のタイプです。
他覚的耳鳴は、しばしば心拍と同期して発動します。
耳鳴りの症状と原因
耳鳴りが起きる場合、その原因によって耳鳴りの症状は異なります。主な原因を下記のように挙げてみました。
症状 | 原因 |
---|---|
耳鳴りが片耳から聞こえる | 突発性難聴、メニエール病、聴神経腫瘍など |
耳鳴りが両耳から聞こえる | 老人性難聴、騒音性難聴など |
「ザー」や「ゴー」などの低音の耳鳴りが聞こえる | メニエール病、耳垢栓塞、耳管狭窄、耳硬化症など |
「キーン」などの金属音の耳鳴りが聞こえる | メニエール病、突発性難聴、ストレスなど |
※耳鳴りの音の感じ方は個人差がありますので、自分で判断せず、医師の診察を受けてください。
場合によっては耳鳴り以外の諸症状が現れることもあります。下記に例を挙げてみました。
症状 | 原因 |
---|---|
耳が遠くなる | 突発性難聴、老人性難聴、耳垢栓塞、耳管狭窄、耳硬化症、メニエール病、薬の副作用など |
めまいがする | メニエール病、内耳や脳の血行障害、脳腫瘍、脳卒中や頭部外傷の後遺症など |
自分の声が響く | 耳管狭窄、中耳炎など |
全身に不快感がある | 自律神経失調症、更年期障害、ストレスなど |
頭痛・肩こり・動悸 | 高血圧、低血圧、貧血など |
耳鳴りが起きる仕組み
耳鳴りが起きる仕組みについては、近年の研究によって少しずつわかってきました。耳鳴りには脳の働きが大きく関与していることがわかってきたのです。
また、先述したように耳鳴りの原因の多くに難聴が挙げられますが、難聴は脳に大きな影響を及ぼし、耳鳴りを引き起こします。この流れについても詳しく説明していきます。
難聴との関係
耳鳴りが気になった時に耳鼻いんこう科を受診すると聴力検査をやるようにいわれます。「自分は耳鳴りで来たのであって、聞こえにくくて来たわけではない」と多くの方が仰いますが、耳鳴りを感じている方の多くに聴力低下(難聴)がみられるという報告があります。つまり、耳鳴りと難聴には深い関係性があることが考えられます。
難聴について詳しくは下記の関連記事をご覧ください。
【関連記事】難聴について解説!子どもや家族の“聞こえ”を助ける【言語聴覚士コラム】
耳鳴りの発生機序
耳鳴りと難聴の関係を理解していただくために、聞こえの仕組みについて簡単に説明します。
①聞こえの仕組み
音は、外耳・中耳を通って内耳に伝えられ、蝸牛(かぎゅう:内耳にある器官)で電気信号に変換されます。その電気信号が脳に伝わることで初めて「音」として感じることができます。
つまり、耳は音を伝える伝達器官であって、実際に音を聞いているのは脳であるといえます。
正常な聞こえの場合であれば、低音から高音までまんべんなく音が脳に届けられます。そして、その音が単なる音としてではなく、それが何の音なのか、どういう言葉なのかを脳で理解します。
しかし、難聴があった場合、例えば高音域難聴では蝸牛の高音域を担当する部分に障害が起きているので、高音域の電気信号が脳に届きにくくなり、高音が聞こえにくくなります。
よって、高音部分の音の要素がないまま脳で音を理解することになります。
②耳鳴りの発生の仕組み
蝸牛に障害が起きると、脳に伝わる電気信号が減ります。すると、脳は減ってしまった電気信号を元に戻そうとします。この減ってしまった電気信号を元に戻そうとする働きによって、脳が興奮し活動が活発になります。そして、過度に興奮した脳の活動そのものが、耳鳴りとして聞こえるようになります。
多くの場合、耳鳴りは蝸牛障害が引き金となって発生します。難聴もまた蝸牛障害によって起こる症状で、両者には密接な関係があるといえます。
一般的に、難聴がある音域の音が耳鳴りとして聞こえるといわれています。これは、脳が聞こえにくい音域の電気信号を強めようと、過度に興奮するためです。
高音域に難聴がある場合「キーン」、低音域に難聴がある場合「ゴー、ゴー」、全音域に難聴がある場合「ザー、ジー」といった耳鳴りが聞こえる人が多いといわれています。
「注意の脳」が刺激されると耳鳴りが悪化
難聴になると耳鳴りを訴える人が多くいます。しかし、その全ての場合において耳鳴りが悪化する(常に気になる)わけではありません。
多くの場合は次第に症状が落ち着いてきますが、中には悪化してしまう人もいます。その違いには脳の働きが関係しています。
それは「耳鳴りに注目してしまう脳の働き」です。例えば、急に鳴り出したり耳鳴りがすごく気になってしまう時、いつも耳鳴りの大きさを確認してしまう時、気が付くと耳鳴りがしているかどうか確認してしまう時などに、「注意の脳」が強く働いているといわれています。
さらに、耳鳴りがなぜ起こるのかわからないと「不安の脳」が強く働き、耳鳴りのせいで気分が落ち込んでうつになると「うつの脳」が強く働きます。それらの脳の働きが「注意の脳」を刺激して耳鳴りを悪化させます。
それに加え、他の脳の働きなどから影響を受けることで、身体的症状を引き起こしたり「注意の脳」の働きをさらに強めたりします。
このような悪循環により、強くなった「注意の脳」の働きが耳鳴りをさらに大きくしてしまいます。
耳鳴りの治療法
以下に挙げる治療法は、耳鳴りを発生・悪化させる「脳の働き」にアプローチすることで、これらの働きを抑えたり、互いの結びつきを弱めることで、耳鳴りを改善させる効果があります。
①耳鳴りに対する正しい理解
医師から耳鳴りについての説明を聞いて正しく理解する。
②補聴器を用いた音響療法
補聴器を使って難聴がある音域の電気信号を増やし、脳の過度な興奮を抑える治療。
③家庭でできる音響療法
自然な音を使って、相対的に耳鳴りを小さく感じさせる方法。
④薬物療法
うつや不安障害を合併していたり、不眠症状が強い場合は、薬を使って脳の働きを抑制させたり、自律神経の乱れを緩和させたりします。
補聴器を用いた音響療法
聴力検査を行った結果、聴力低下がみられた場合は、補聴器によって耳鳴りの症状が改善する可能性があります。私たち言語聴覚士は、この音響療法で補聴器の調整に携わっています。
補聴器を用いた音響療法は、聞こえにくくなっている音を補聴器によって大きくすることで、脳に届く電気信号を増やし、本来の聞こえの状態に近づけます。これにより、脳の過度な興奮を抑え、耳鳴りを軽減します。
具体的には、まず補聴器で聞き取りに十分な音量の7割程度(多少うるさいが効果を感じられる)の音量を入れ、徐々に音量を上げていきます。少なくとも3か月間頻繁に通い、補聴器を調整していきます。
また、補聴器をつけている時間が短いと脳が変化していかないため、常時装用が必要になります。
耳鳴りの症状が軽減するまでの時間は個人差がありますので、長い目で取り組みましょう。焦らず続けることが必要です。
症状改善のための生活の工夫
初めは難しいかもしれませんが、以下のことを心がけると耳鳴りの症状が改善していきます。
①一喜一憂しない
耳鳴りはその症状や苦痛の大きさに波があります。日常のストレスや心身の健康状態によって変化します。そのため、日々の症状に一喜一憂しないことが重要です。
②耳鳴りの大きさを確認しない
日常的に「今日はどうかな?」と耳鳴りの大きさを確認したり日記に記録するなどは「注意の脳」の働きを強めてしまいます。耳鳴りの状態を確認すること自体が、あなたの耳鳴りを悪化させてしまいます。
③生活を制限しない
耳鳴りを理由に今までやっていたことを諦めていませんか?
好きなことをやってさまざまな音環境に身を置くことは、「注意の脳」の働きを弱めることにつながります。
まとめ
ここまで耳鳴りが起きる仕組みや、難聴との関係について紹介してきました。
耳鳴りは一時的なものであれば心配する必要はありませんが、もしも数日間続くようであれば、一度近くの耳鼻いんこう科を受診してみることをおすすめします。
【参考資料】
厚生労働省 『国民生活基礎調査 平成25年版』
リオネット補聴器 『耳鳴りでお悩みの方へ よくわかる 耳鳴りハンドブック』
リオネット補聴器 『聞こえと脳のトレーニング』
ReSound GN 『耳鳴りについて』
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