執筆者
澤田久美子 先生
言語聴覚士
北里大学 医療衛生学部 リハビリテーション学科 言語聴覚療法学専攻
耳鼻咽喉科ののはなクリニック
横浜市立大学医学部付属市民総合医療センター 耳鼻咽喉科
東京慈恵会医科大学付属病院 耳鼻咽喉科
東京慈恵会医科大学付属第三病院 耳鼻咽喉科
2011年にアカデミー賞4部門を受賞した映画「英国王のスピーチ」をご存知でしょうか? 吃音(きつおん)に悩まされたイギリス王・ジョージ6世と、その治療にあたった大英帝国構成国出身の平民である言語療法士の友情を史実に基づいて描いた作品です。
この映画のおかげで、以前に比べ「吃音」に対する理解が深まりつつあるのではないでしょうか?
しかし、当事者にとっては悩み苦しみ、周囲の人の偏見もまだなくならないのが現状です。そこで今回は、「吃音」について少しでも理解が深まることを期待してお話をしていきます。
日常生活に支障をきたす吃音について
「吃音」といわれて思い浮かぶのが「言葉がスムーズに出てこない」「詰まってしまう」といったことだと思います。
このことにより、話し方を気にするあまり話すのが億劫になってしまったり、人と接することに恐怖心を抱くようになったりする人もいます。結果的に、日常生活でコミュニケーションをとることに問題が生じてしまいます。
言語聴覚療法臨床マニュアル(2007:418)によると「吃音」とは、「流暢なスピーチを達成する協調性の破綻に起因する言葉の流暢性の障害の一つ」と定義づけられています。
日本では、2005年より吃音が「発達障害者支援法」に含まれることが決まりました。このことからもわかるように、「吃音」は日常生活に支障をきたしうるものなのです。
吃音は幼児期に発症することが多い
吃音の方は、日本の人口の約5%いるといわれています。全体的に男性の方が女性より多く、理由は不明です。多くの吃音は幼児期に発症し、5歳以下の児童の2.5%が吃音であるとされています。
児童の吃音発症の初回年齢は男児と女児で同じですが、この男女比は年齢を経るごとに変化し、男児の方がおよそ2倍多くなっていきます。この男女比は、1学年児では2倍ほどに、5学年児では3倍ほどに多くなります。
ただ、約65~75%は早期に回復し、全体的な有病率はおよそ1%ほどであるとされています。
吃音の症状について
私たち言語聴覚士は、ただ単に「どもった」として症状をみているのではなく、以下の4つの視点から症状を分析しています。
① 言語症状:中核症状を含む吃音者に特徴的なもの、発話開始の直前にみられるもの、正常者にもみられるもの、*プロソディーや声の高さの異常など
*プロソディーとは、音声言語を表出する(発話)する際の音楽的な性質のことをいう
② 随伴症状(ずいはんしょうじょう):正常な発話に必要とされる以上に口や顔面、頭部、腕や足など身体が動いてしまうこと(表情がこわばる、身体が過度に緊張し力んでしまう)
③ 工夫:吃音症状から脱しようとしたり、勢いをつけたりするための助走、目的とする言葉を言い換えるなど吃音状態を回復しようとする行動のこと
④ 情緒性反応:はにかみ、恥じらいなど吃音症状が現れたときの身体的反応のこと
自分の意思でコントロールが難しく、どもりに悩む原因となる言語症状について詳しくみると、具体的には以下のものが挙げられます。
① 繰り返し:発話開始の音、音節、単語などを繰り返してしまう。次の音を話すことができれば、その後は比較的流暢に話すことができる
→例:て、て、て、て、テレビ
② 引き伸ばし:発話開始の1音を伸ばしてしまう。話している最中にも現れることがある。
→例:テーーーーーーレビ
③ ブロック:発話開始の音が詰まってしまう。話し始めることが難しいため、随伴症状の出現につながってしまうこともある
→例:っっテレビ
時期によって異なる症状の特徴
吃音は時期によって症状などの特徴が異なります。幼児期、学童期、成人の3つに分けて説明します。
幼児期
発症が一番多いといわれている時期です。
この時期は言語症状が主で、症状に波があることが多いです。自覚がないことが多く、工夫や情緒的反応などの症状は少ない傾向にあるといわれています。
しかし、自覚がある幼児もいるため心理的ケアも場合によっては必要になります。
学童期
症状が悪くなりやすい時期といわれています。症状はさまざまであり、自覚の程度や受け止め方も個人差があります。
また就学し、周囲からの反応が気になることも多くなり、発話に対する不安や怖れにつながりやすい時期でもあります。
成人
個人差がとても大きいです。症状だけでなく自覚や受け入れ方、考え方もさまざまです。心理的負担が大きい場合もあります。
吃音の治療法
治療法についても「症状の特徴」で説明したように、3つの時期に分けて解説していきます。
幼児期
発達途中のため経過を追いながら発達の負担にならないように治療を進めます。
具体的には、以下の2つの方法を用います。
環境調整:「滑らかに話す」体験を増加させるような環境の調整
直接的指導:子どもに「滑らかに話す」モデルを示す、課題の中で子どもが「滑らかに話す」ように誘導する
また、最近では、シドニー大学で開発された「リッカム・プログラム」という訓練法を取り入れているところもあります。
主な対象は6歳以下、就学前の子どもで、行動療法の理論に基づき会話の中で子どもの発
話に対し両親がルールに沿って反応を返すという方法です。
この治療法は頻回に通院が必要で、プログラムを行うには研修会を受講することが推奨されているなどの理由から、どの医療機関でも受けられるわけではありません。
学童期
小学校中学年くらいになると、滑らかに話せる時期が減ってきます。そのため、直接的指導として楽に話せるテクニックを取り入れていきます。
また、本人や両親だけでなく学校担任へのアプローチも必要に応じて行っていきます。
成人
大人は「うまく話せない」経験をたくさんしているので、吃音が生じた時にさまざまな工夫を身につけていたり、複雑な感情を抱えていたりすることが多いです。
日常生活を送る上では、これらの付随する問題の方が大きく影響することもあります。
発話症状も長年の経験で強固なものになっていることが多く、直接的に楽に話せるテクニックを学ぶだけでなく、二次的な行動を除く取り組みや、恐怖や不安などの感情についても指導していきます。
吃音になる原因
吃音の原因は未だ明らかになっていませんが、大きく分けて二つのことがいわれています。
一つ目は、幼児期に明らかな原因もなく開始する「発達性吃音」で、吃音者の9割がこれにあたります。
二つ目は「獲得性吃音」といって、10代後半の青年以降でみられる脳血管障害や変性疾患、頭部外傷など脳損傷が原因で発症する『獲得性神経原性吃音』と、心理社会的原因で発症する『獲得性心因性吃音』です。
また、最近の研究では以下の視点から原因究明が行われています。
① 脳の癖:脳の右側の活動が活発化し、左側の活動が減少しているため
② 脳の反応:言語処理が開始される前に、身体を動かすプログラムが開始されてしまうため
③ 脳内の灰白質密度の減少:脳内の神経密度の減少のため
④ ドーパミンなどの異常:ドーパミンやセロトニンといった神経伝達物質の低下のため
⑤ 遺伝性:吃音症の親を持つ子どもが吃音を発症する確率は60%という調査報告があります。また、最近では吃音に関連する遺伝子が発見されており、吃音症10人に1人がその遺伝子をもっているといわれています。
さらに、これら5つの原因に心理的な要因が加わると症状が悪化するともいわれています。
まとめ
吃音に対する考え方はさまざまです。症状を改善させるべきか、症状を受け入れるべきか人それぞれ異なると思います。
多くの人が悩み、どこで治療を受けたらいいのかわからない、治したくても治療を受けられずにいるのが現状だと思います。
残念ながら吃音を専門にしている言語聴覚士は少ないです。
まずは、言語聴覚士のいる耳鼻咽喉科に相談してみてください。言語聴覚士がいるからといって必ずしも治療が受けられるとは限りませんが、どこで治療を受けられるのか情報を得ることはできます。
今回のコラムによって悩んでいる人、そしてその周囲にいる人たちが吃音に対して正しく理解できるきっかけになればと思っています。
【参考資料】
・言語聴覚療法臨床マニュアル(2007:418)
・平野哲雄、長谷川賢一ら 言語聴覚療法マニュアル 協同医書出版 2014
・国立身体障碍者リハビリテーション研究所 資料
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