
取材協力
高尾美穂 先生
医療法人社団プラタナス
女性のための統合ヘルスクリニック イーク表参道 婦人科
【医院公式サイト】https://www.ihc.or.jp/
東京慈恵会医科大学大学院修了
東京慈恵医大病院 勤務
イーク表参道 副院長
日本産科婦人科学会専門医
日本医師会認定産業医
日本医師会認定健康スポーツ医
日本抗加齢医学会専門医
【高尾先生公式サイト】http://www.mihotakao.jp/
産婦人科医でありながら、スポーツドクターならびにマタニティヨガの指導者としても活躍中の高尾美穂先生によるコラムをお届けします。
第4回目のテーマは『女性アスリートが悩む月経』についてです。女性アスリートが自分の持っている最高のパフォーマンスを発揮するためには、自身の身体と向き合うことが大切です。
女性特有の悩みとして挙げられる「月経」ですが、特に成長期である10代の女性が抱える『無月経』の問題、低用量ピルを活用した生理周期のコントロールについて高尾先生が語ってくれました。
『無月経』の問題を解決するには?
スポーツドクターとして活躍中の高尾先生は、女性アスリートが抱える問題として「生理が来ないこと(無月経)と、生理は来るけど生理自体に困っている」この2つのパターンが存在すると話します。
まずはこの2つのうち、生理が来ない『無月経』の問題について伺いました。
「月経不順の中で、3ヶ月生理が止まった状態を『無月経』と呼びます。これにより、エストロゲン(女性ホルモン)の働きである骨を強く保つということができなくなると、骨がもろくなる『骨粗鬆症(こつそしょうしょう)』が起きます」
無月経の問題が起こりやすい競技として、新体操やフィギュアスケートなど美しさを魅せる競技のアスリート、次いで陸上の長距離やトライアスロンの選手が該当すると言います。
その他にも、無理な減量が必要な体重制限がある競技の選手は、無月経をきたしやすいそうです。
治療法は「エネルギー不足」を解消すること
「栄養素や摂取エネルギー量が足りない『エネルギー不足』の状態、『無月経』『骨粗鬆症』の3つを『女性アスリートの三主徴』と呼んでいます」
高尾先生が説明する『女性アスリートの三主徴』とは女性アスリートがきたしやすい3つの状態のことで、エネルギー不足を起点とし、エストロゲンの分泌低下による無月経や骨粗鬆症を招く恐れがあります。
「女性アスリートの三主徴は、そもそもエネルギー量が足りていないというところから起こります。
エストロゲンが少なくて生理が止まってしまっている人(無月経の人)の場合は、エネルギー不足を解消することが治療法のスタートとなります」
エネルギー不足を解消するためには食事量を増やすことが最優先で、エストロゲンがない状態が長く続く場合には「ホルモン補充療法」によってエストロゲンを投与する対策が必要になります。
高尾先生は「生理が止まってしまった状態で競技を続けていくと“骨がもろくなる”状況に陥ることを知って欲しい」と、無月経に対してまずはトータルエネルギー量を増やすことが最も大切であると話します。
15歳くらいで生理が来たジュニアアスリートでも、競技者としてレベルが上がって身体もシャープになっていきますが、その代わりに生理が止まってしまい、エネルギー不足が原因で骨が折れやすい身体になってしまう訳です。
将来的に骨粗鬆症になるリスクも
「ジュニアアスリートと呼ばれる年代においては身体を育てることが大切で、成長期という時期に“アスリート”という役割がプラスされると、将来的に身体に大きな影響を及ぼす可能性があることを忘れないでいただきたい。
10代に生理が1年以上止まった経験のある方は、高齢者になったときの骨粗鬆症になるリスクがあることがわかっています」
高尾先生は、成長期に身体を作るためのエネルギーが不足すると、将来的にも望ましくないと警鐘を鳴らします。
「無月経が長く続くと、すでに骨まで影響(骨粗鬆症)が出ている場合が少なくなく、『骨が折れやすい』という相談で婦人科に来るケースが多い。骨がもろくなった状態になってから気がついても、骨を強く戻すまでには年単位の時間が必要となってきてしまう。だからこそ、この時期のエネルギー量を意識的に落とさないことが重要」と真剣な表情で話してくれました。
生理周期を自身でコントロールするためのピル
次に、生理は周期的に来ているけど生理自体に悩みを抱える女性アスリートの問題について高尾先生に解説してもらいました。
女性アスリートにとっては、月経をいかにコントロールするかが最高のパフォーマンスを発揮するために必要なことです。そこでカギとなるのが「低用量ピル」です。
下記が女性の生理周期を表すグラフですが、高尾先生はこう説明してくれました。
「生理はエストロゲンがピークを迎えたあとに排卵が起きます。その後、妊娠を継続させるためにプロゲステロンが出るけれど、妊娠が成立していないと、エストロゲンもプロゲステロンも出なくなって、生理が来ます」
こうした生理周期を、低用量ピルを使ってコントロールできるのです。
「生理周期のサイクルをピルによってコントロールするには『月経移動』を行います。月経の時期を調整しておき、いい時期を自分にとって良いタイミングで迎えるという考え方です。
月経が終わってから排卵までの期間は、集中力も高く、一番調子がいい時期と感じている女性が多いとされています。ここに試合や合宿などが当たったら最高です。
ピルを使うと『生理中』や『生理前』といった調子の悪い期間を短くすることもできるため、コンディションの管理に迷うことが少なくなります」
月経に悩む女性アスリートに最適
さらに高尾先生は、ピルがなぜ生理周期をコントロールできるのか、仕組みについても詳しく解説してくれました。
「低用量ピルには、低用量のエストロゲンとプロゲステロンの2つの女性ホルモンが1錠の中に入っています。
生理の出血はエストロゲンとプロゲステロンが分泌されている状態から両方が分泌されなくなった状態で起きますが、こうした自然の身体の仕組みに対して毎日、低用量ピルを飲むことでエストロゲンとプロゲステロンの両方が存在する状態が擬似的に作ることができます。
また、これを飲むのを止めることで出血が起きます。ピルを飲むことで“見せかけの生理周期”を自分でコントロールできる訳です」
ピルはこのように月経不順の方たちにも適していて、月経に悩まされ、競技に集中できない女性アスリートにはピルを活用することで試合や合宿などが月経に当たってしまう不安を減らすことができます。
PMS(月経前症候群)を改善する
ある種類のピルを飲むことで生理前にイライラしたり、落ち込んだりする『PMS(月経前症候群)』の状態を改善することができます。
その理由を高尾先生はこう説明します。
「生理前の調子の悪さはプロゲステロンが出ている排卵後から生理前に起こります。エストロゲンのピークを抑えることで排卵が起きない状態をつくれるので、そもそも排卵後という時期がなくなります」
出血量を減らすこともできる
出血量が多い方はピルを活用することで、出血量を減らすことができます。
エストロゲンが分泌されると子宮内膜が少し厚くなり、プロゲステロンも分泌されるとさらにその力は増して厚みのある子宮内膜が準備され、それが出血量に反映します。
高尾先生によれば「低用量ピルにはごくわずかのエストロゲンとプロゲステロンしか含まれていないので、薄い内膜しか準備されません」と言います。
ピルを飲むことで出血量を減らすことも可能なのです。
生理痛も和らげる
女性アスリートにとって生理痛も悩みの種です。生理痛の原因は子宮内膜から「プロスタグランジン」という子宮を収縮させる物質が過剰に分泌されることです。
高尾先生は「準備(増殖)される子宮内膜が多ければ多いほど、プロスタグランジンが多く産出されます」と説明します。
低用量ピルを服用することで、準備される子宮内膜の厚みを抑え、プロスタグランジンの産出を抑制することができます。
アスリートだけでなく働く女性にも
女性アスリートにとってメリットの多い低用量ピルですが、「避妊するために利用する」ものというイメージが先行しているのも事実です。
10代の女性アスリートであれば家族が服用を反対する場合も多く、また、指導者がピルに対する知識を持ち合わせていないケースも少なくありません。
そんな中、高尾先生はピルを服用することの意義をこう話します。
「結果を出さなければいけないアスリートにとって、生理で困っているのであれば悩みを解消してパフォーマンスを上げるのはシンプルな考え方。働く女性だって同じです。
タバコを吸う方や肥満の方、年齢が高い方にはすすめられませんが、正しくリスクとメリットを知っていただきたいです」
アスリートの世界だけでなく、一般社会においても働く女性が最高のパフォーマンスを発揮できるのが理想です。
ピルを服用することのリスクを正しく理解し、さまざまな立場の女性にメリットをもたらしてくれることも知ってほしいと、高尾先生は願います。
女性アスリートの活躍を願って
2020年の7月には、東京で56年ぶりにオリンピックが開催されます。今後も女性アスリートの活躍が一層期待されますが、高尾先生はこれまでのスポーツ界をこう振り返ります。
「スポーツの世界は男性中心で発達してきましたし、練習方法や対策も男子と同じように行えば女性のアスリートでもパフォーマンスを発揮できるという考え方が続いてきました」
生理の悩みがつきものの女性アスリートへの指導法に対して「これまで指導者はそこまで興味を持っていなかった」と話します。
そんな状況の中、高尾先生は多くの講演活動を通して女性アスリートの指導法について発信してきましたが、それでもまだ道半ばだと話します。
「アスリートや指導者にとっての常識として扱われるようにならなければならない。必要に思っているすべての人に届いているかと言ったら、まだこれからです」
女性アスリートの活躍を願い、高尾先生は今後も活動を続けていきます。
取材協力:イーク表参道 高尾美穂先生
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